なぜ鉄なのか?
このように,宇宙や地球,生命,人類の歴史を考えると,さまざまな側面で鉄が重要な役割を果たしてきたことがわかる.そしてその鉄とは,宇宙において特殊な立場を占めるようなのだ.これは単に偶然が重なっただけなのか,それとも何らかの必然性があるのか?
この問いに対する鍵は,鉄の原子核の持つ安定性であると私たちは考えている.鉄は全ての元素の中で,最も原子核が安定している(ニッケルの特殊な同位体を除いて,陽子や中性子といった核子間の結びつきが最も強い).そのため恒星の内部で元素が核融合を繰り返し,原子番号が大きな重い元素が作られていっても,鉄よりも重い元素は形成されない.つまり恒星の内部における核融合の最終到達地は「鉄」なのだ.鉄より重い元素は,超新星爆発など他の要因で作られるが,その量は鉄を超えることはない.これは宇宙の中で鉄の存在度が高いことを,無理なく説明できる.そして,その鉄が多く集まった天体が地球なのであろう.さらに言えば,鉄は安定した原子核を持つために,26個という多くの陽子を獲得したが,それと釣り合うために26個もの電子をもつこととなった.ここで電子は好き勝手な軌道を取って原子核の周りに存在できるわけではない.鉄の持つ26個の電子の一部は,M殻と呼ばれるところ(特に3d軌道)に中途半端な形で取り込まれることになるのだ.これこそ,安定なエネルギーの状態が複数存在しうるなど,鉄が物理化学的に重要な特徴を示すようになった原因である.その特徴を最大限に利用したのが生命体であり,人類であるのかもしれない.
つまりまとめると,こういうことだ.鉄は最も安定した原子核を持つ特異な元素であり,それゆえ宇宙における存在度が相対的に高くなった.その鉄がある程度集まったからこそ,地球という星が生まれた.鉄は地球深部で溶融して磁場をつくりだし,そのおかげで地球表層が生命にとって安全な環境となった.そして地球表層で生命が生まれたが,ほとんどの生命は,鉄がその原子核に対応して持つ独特の物理化学的性質に依存している.鉄に依存した生命体の1種である人類は,その物理化学的性質を発展させ,現代文明を築いたのだ(このような鉄のとらえかたは,今回の展示にあわせて出版される「鉄学―137億年の宇宙誌(岩波書店,2009年8月6日発行)」という書物に詳しく記したのでご参照いただきたい).